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Category: 教育観

政治と社会システムについて ~虹色教室通信から~ 

2012/09/23 Sun.

私がなかなか言語化できないのですみません。虹色教室通信からコピペさせていただきました。
大切なことが書かれています。


政治と社会システムについて考えること (息子とおしゃべり)


「教育と学習方法について考えること (息子とおしゃべり) 1

教育と学習方法について考えること (息子とおしゃべり) 2

教育と学習方法について考えること (息子とおしゃべり) 3

教育と学習方法について考えること (息子とおしゃべり) 4

教育と学習方法について考えること (息子とおしゃべり) 5

教育と学習方法について考えること (息子とおしゃべり) 6

教育と学習方法について考えること (息子とおしゃべり) 7

教育と学習方法について考えること (息子とおしゃべり) 8

教育と学習方法について考えること (息子とおしゃべり) 9

の続きです。



今日は息子とわたしだけの寂しい夕食。食事中に、殺戮系の小説

(むごたらしく多くの人を殺す内容の小説)の流行と、ネット上でしょっちゅう起こっている

いざこざについて話題がのぼりました。



息子が、こんなことを言っていました。

「中高の友だちのなかじゃ、親に良い悪いを決められて、何を見るか、何をするかで

制限を受けてることが多いやつほど、くだらないものに

はまってたよ……殺戮系のゲームとかマンガとか。

高校生くらいになってああいうものに極端にはまる友だちって、聞いてみると、

それまでに楳図かずおのマンガとかサイコホラーの小説なんかは、

一度も読んだことがなかったりするんだ。

大人が子どもに良いものと悪いものを見分けて分析して、

良いものを与えよう、良い物を与えようってするのも程度ものだと思うな。

だって、どんなに『子どものため』という大義名分のもとでそうしたところで、

良いものを選ぶ過程で、絶対、選ぶ大人の私利私欲が含まれてくるように思うんだ。

国がそういうことする場合、人類全体の私利私欲ってものに関わっているのかも

しれないけど。」



母 「そうよね。幼い子の世界でも、何もかも大人が選んであげることが

当たり前のようになっているけれど、そこで知らない間に

大人の利己的な面に傷ついていってる子も多いと思うわ」



息子  「もちろん、商業主義の世の中だから、大人がある程度見分けてあげないと、

くだらないものを勧められやすいってのはあるし、実際、危険と隣り合わせのものに

子どもが接触する機会も多くなるんだろうけど。



でも、前提として毒を知らないと、きれいな話やまじめに人生を考えていこうとするような話が、

薄っぺらくてあほらしいものにしか感じられないもんだよ。

毒といったって、くだらない大量殺人の話なんかじゃなくて、

社会や人のダークで醜い一面……犯罪や死を扱っていながら、そこで作者が

真剣に生きる意味と格闘しているような作品にある毒なんだけどね。

ぼくにしても、筒井康隆の毒のある小説を読んではじめて、小学生のころ読んだ

『あすなろ物語』のいい部分がやっとわかったからね」



母 「子どもの世界をすべて光ばかりにしてはいけないって意見……光のもとでだけ育てちゃいけない

だったかな? とにかく暗闇というか影の部分も必要だって話を

目にしたことがあるわ」



息子 「大人が子どもに良いものだけ、頭を良くするものだけ、きれいなものだけ選んで

与えていたら、嘘に出会わないし、それが進めば進むほど、頭が悪くなる気がするな。

世間一般に流されやすいか、周りの人や世論に流されやすくなると思う。

そんな風に自分で取捨選択するのが苦手になるだろうな。ぼくが学校で見たことがある

いじめの先導者は、そんな風に自分の意見を保っているのが難しいタイプだったよ」



母  「子どものためにって、いいものを見分けて与えるのって、誰もがいいことだと感じているから、

そこにある問題が気づかれにくいのよね」



息子 「殺戮系の本がぼくらの世代に流行っているのって、確かにいい感じがしないかもしれないけど、

そういう事実を無視せず、確認しておくのって大事なんだと思う。

ほら、ネット上で、しょうもないことで悪口が飛び交って揉め事が

しょっちゅう起こっているけど、そういうのも、そんな馬鹿な人がいる、

そんなのやめろ、と言って済む問題じゃないと思うんだ。

そんな風にあちこちで、無駄に殺意や怒りが吐き出されているって、

それはひとつの現象として、背後にもっと重要な何かが隠れているように感じるんだ」



母  「わかる、わかる。お母さんの子どもの頃のハトにしたって、そうだったんだから」



息子 「ハト?」



母  「あ、前に話したかな?お母さんの子どもの頃は、団地中の人が、

ハトハト無駄にうるさかったのよ。怒りの矛先は常にハト公害に向けられていたけど、

それで平和を保っていたけど、みんな表現できていない怒りやイライラを抱えていても、

本当にぶつけるべき相手にぶつけることができなかったのよ。

それでハトに対する執念はすごかったわよ、わたしの目の前でムギューッて子バトの首が

へし折られたんだから。あの光景を忘れたことはないわ」



息子 「そうか、急にハトが出てくるから驚いたよ。

そうだよね。無意味な殺戮ものを求めたり、何の得にもならないネット上のののしりあいに、

たくさんの人が夢中になるのは、

攻撃のやり方が間違っているか、攻撃対象が間違っているか、そのどちらかか、どちらもなのか、

とにかく本当に自分が戦う相手を見失っているんだと思う。



これはぼくだけの考えだから、ちょっと変な意見なんだけど……

そういう現象見ていると、日本も海外みたいにスラム化していく地域

が増えていくのかなって思うんだ。

今は、生活保護に対して不満を持っている人が多いし、確かに

不平等でおかしなことになってる面も大いにあるけど、これで支給が大きく減らされたら、

今度は刑務所の食事を当てにして、犯罪を犯す人が増えてくるんだと思うよ。

そんな風にして、近いうちに、

ちょっとした政策の変化で、いろんな場所でスラム化が進むんでいくんじゃないかと

思っているんだ」



母  「確かに、いろんな地区がスラム化していないことの方が不思議なぐらい

経済的に危うくなってるものね」



息子  「大阪に住んでるとさ、ほんと、いつここがスラム化してもおかしくないって

感じるよ」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

息子  「潜在的な部分で、無駄に殺意や怒りが吐き出されているって状態は、

今の表面的な平和がちょっと崩れただけで、

いつ海外で起こっているストライキのようなものが日本中で頻発するようになったって

おかしくないってことだと思う。

戦ってはいけない、平和でなければいけないって、論理とか法律とか、メディアの力で

押さえつけるだけじゃ、これからはダメなんだろうな。



経済的な発展が遅れている国に比べたら、日本は自由で豊かで恵まれた国だよ。

職業選択や生き方は自由だし、遊技場にしても、

買って楽しめるものにしてもたっぷりあるにもかかわらず、

幸福度指数が低くて、心を病んだり、生きることに疲れていく人が多いよね。

それって、もっと国が豊かになってお金の悩みがなくなったら

解決するほど単純な問題じゃないと思う。

日本の経済を潤してくれるような成功者が出てくるとか、

新技術が発見されて経済が好転するといった商業主義にのっとっものじゃ

解決しないってこと。



オーバーなようだけど、革命というか……社会全体のシステムを一新するような

革新的な解決が必要なんじゃないかな?

お金では得しなくても、精神的によくなるシステム作りというか。」



母  「経済的な豊かさ以外に、どうな解決法があると思うの?」



息子 「今、何が苦しいのか、何が社会を暗くしているのかというと、

一番にあるのは、仕事の問題なんだと思うよ。

豊かなはずの日本なのに、正当に働けば働いただけの見返りがあるわけじゃない。

物作りに関わる仕事なら、実際に物を作っている側、汗水流して働いている側が

低い賃金で過剰に働かされて、

作らせている側、ある意味、本当に必要ではない仕事に従事している側がたくさん儲かる仕組みに

なっているよね。

いろんな場所でそうしたことが言われているし、怒りを駆り立てているけれど、

でも、社会の仕組みが複雑すぎて、

いったい何をどう変えたら個人個人にとってよくなるのか、

わかりにくい。

それで、問題を糾弾して騒いだり、本質的な問題からずれた敵を

攻撃するだけで終わりがちなんだと思う」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

母  「日本に住んでいても、少しも豊かさを実感できないのって、

仕事から生きがいや自信や喜びを得にくいことが大きいんでしょうね。

一生懸命勉強して憧れの仕事についても、就職してから辛くなっていく人が多いしね」



息子 「ひとつ変えるとすれば、本当は必要のない仕事や意味のない仕事を減らすこと

じゃないかな。

社会のシステムを見直して、間接的に関わるだけでお金を動かしている人よりも、

ちゃんと働いて何か価値を生み出している人にお金がたくさん行くようにしないとさ。

でも、そうなると、これまでの資本主義の問題点を

さまざまな職種の人に不公平が出ないような形で検討しなおしていかなきゃならないん

だと思うよ。

もちろん社会主義を見習うのは問題が多いし、実際、社会主義の国っていうのは

『行き過ぎた資本主義』みたいになっているから、

資本主義を推している側は、北朝鮮みたいな国を敵対視して、社会主義のあり方への

嫌悪感をあおって、だから資本主義は正しい……って結論づけているように見えるよ。

でも、そこで、さまざまな今の社会へのいらだちや不満を攻撃の的にした国

をバッシングするこで

うやむやにしちゃいけないと思うんだよ。もちろん、北朝鮮の問題は問題としてきちんと対処

しなきゃならないんだろうけど。

でも、怒りの矛先を向けるものができたからって、今の資本主義のあり方に改める点がないって

ことにはならないはずだよ。



真剣にまじめに働いたら損したり、

働きたい人が働けなかったり、働けたら働けたでサービス残業をしまくらなきゃならなかったり……

法律の抜け道がそうした社会システムを温存させているなら、

戦う相手は、漁夫の利を狙うように攻撃を一方向に向けさせては

利益を得ている人が作りだす架空の敵じゃないはずだよ」



母 「そうよね。いろいろなものに対してイライラして過ごすうちに

本当の問題が見えなくなっているけど、でも、問題が見えてきても、

どう改善していけばいいのか見当もつかないわ。難しい問題ね」



息子  「ぼくは頭が良ければ、勝ち組になってお金が儲かるってシステムは、

安易に肯定しちゃいけないと思っているよ。

ドラゴン桜とかのマンガじゃ、お前も勉強してかしこくなって金持ちになって、成功者の

人生を歩めって言葉で、子どもたちのやる気を引き出して、

受験勉強に向き合わせようとしているけど、

そもそも学問って金儲けをするための道具じゃないしね。

そういう考えが、悪知恵が働く人、うまくごまかせる人

が儲かるシステムを作ってるようでさ。

携帯電話の販売にしても、世間でうまくいっている多くのものごとが、

わざとややこしくして人の盲点をついて騙して売るような形を取っているじゃん。



政治に何か期待するとしたら、

法律でくだらないことを規制しなくていいから、もっと経済全体を見渡して

これはおかしいって点を正して、人がまじめに正直に働く意欲があれば、

働いた分だけはきちんと返ってくるような健康的な社会になることを考えてほしいよ。

でも、もしそれを目指すとすると、一部の上層部とされる人々が議論するだけじゃ無理で、

精神的な面で大衆全体の意識が変わらなきゃ難しいんだろうけどね」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

母  「精神的な面で大衆全体の意識が変わる必要があるというのは、具体的にいうと、

どのような変化が必要だと思っているの?」



息子 「知識も産業も最先端まで行くと、その先は退化していくだけって印象があるよね。

さまざまな分野で、もう発展しつくしているから、ここから先は欲求を抑えていくだけ、

我慢していくだけのように見えるというか……。

自分には、戦う相手を定めて、本気で格闘していく必要が与えられていないというか、

何か自分がやったら国に迷惑がかかるから、ひたすら国のために働いて死んでいかなければならない

と信じこんでいるというか。

確かに、知識の面でも産業の面でも乗り越えなければならない大きな山とか、

突破して打ち倒さなければならない相手とか、そういう自分の戦士の部分、ヒーローの部分を

燃え上がらせて、向かうべきものが定めにくくなっているよね」



母 「電化製品の製造も、みんなが本気で欲していた技術は達成されて、

今はデザインやネーミングで差別化をはかってたりして……確かに

自分を燃え上がらせて何かを打破するって時代じゃないわね。」



息子 「戦後のどさくさを生きてきたとか、学生運動してたとかいう人が、

今よりずっと苦しかったはずの過去を振り返って、あの頃は活気があったって、

肯定的に話すのを聞いていると、

人は冒険心とかヒーローになりたい気持ちとか、そういうものを外に出していける場が

あると、生活はどうであれ生きている実感が湧きやすいんだなと思うよ。



それで今、自分たちは最先端に近づいていて、これから先は小手先で見た目をいじるだけだとか、

我慢していくだけだとか、退歩していくだけだとか考えて、

理由もなく生きることに疲れてくる人が増える気がする。



今日、現代文の勉強していてさ、西洋医学の病名をつけてそれを重視する

医療と、東洋医学のホリスティック(全体的)医療について書いてある文を読んだんだ。

その文でしている批判は、病名をつけてそれを根絶する今の医療が、

病気は自分を超えた存在から与えられた試練で、生き方を考える

きっかけとみなすような感覚とか想像力や治る力を弱めているんじゃないかって話なんだけど。



それ読んで、現代に必要とされている意識の変化ってのは、

西洋医学の先っぽまでいって、先に進めなくなっていた医学の世界が、

東洋医学のホリスティック(全体的)医療の考えを認めていくのに

似ているんじゃないかと思ったんだよ。



最先端で、これ以上先がないように見えるものの先に目を凝らして、

ため息をつくんじゃなくて、

それ以外のもっと全体的な見方があるんじゃないかなと考えるってことだよ」



母  「ホログラフィックユニバースを書いたマイケル・タルボットがしたような見方を

取り入れるってこと?

今の政治や社会のあり方に?」



息子 「そうだよ。どの分野も最先端に向けて進歩し続けているって

捉えられている一本の道筋があって、

その道上の進退にばかり目が奪われているけれど、

同時にもっと全体的な見方で、医療の世界でいう東洋医学的な捉え方で、

それを見直す必要があるんだと思う。

そういう意識の転換が、これからは求められているんじゃないかな?」



母  「仕事の面で、最先端に向かっているという一本道以外に、

もっと全体的な見方でそれを捉えるって、

たとえば、どんなことが挙げられるの?」



息子  「ぼくは、将来、仕事と遊びを分けて考えたくないというか、

遊びというより、生きている感じといった方が正確かな……

どんな短い一時間でも、仕事をしている間、生きている実感を全く感じないで

働くなんて嫌だと思っているよ。



ぼくたちの世代は、ゆとりゆとりって、ずいぶんひどい言われようだけどさ、

確かに他の世代の人たちとは価値観がずいぶん異なるかもしれないけど、

必ずしも悪い面ばかりじゃないと思っているんだ。

クオリティ・オブ・ライフって言葉をキーワードに

人生の内容や質を模索していくことがマンガ世界で描かれていて、

同年代の間で共感を呼んでるよ。

確かに裏を返せば、世間知らず、何もできないくせに大きな夢ばかり見ているって

ことになるんだろうけど、

マズローのいう五大欲求の生理的欲求、安全の欲求、所属と愛の欲求、承認の欲求、

自己実現の欲求の全てを、最初からどの段階もだいたい充足された状態だからって理由で、

本当の意味でのクトリティ・オブ・ライフを自分の人生で実現したい、

命の質について真剣に考えながら生きていきたいと思っている仲間は多いよ」



母  「そう、☆(娘)や★(息子)や事務Kちゃんや●ちゃんたち

(以前の勉強を見ていた女の子たち)としゃべっていると、

真剣に生きることについて考えるもんね。お母さんの若い頃なんて、

新人類、新人類ってバカにされているわりに、どこでも若いってだけで

引っぱりだこでちやほやされていたから、そりゃ気楽に人生を捉えていたものよ。

今の時代も、フワフワと暮らしている子もたくさんいるんでしょうけど、

一生懸命、考えている子たちもけっこういるよね」



息子  「話が変わるけど、ぼくは受験勉強始めるまで、ずっと、どうして古文なんて勉強するんだろうって

思っていたんだけど、ほんと無駄だって考えてたわけだけどさ……

受験で仕方なく勉強していると、昔の日本人が大事にしていた『趣』ってのを

面白いなって感じるようになって、

現代の人々の心が何を失っているのか知る意味で、古文なんて古臭い文章を勉強する

価値があるんだな~なんて考えたんだ」



母 「趣?」



息子 「そう。そう思うとさ、今のぼくらの世代は頼りないとか、がんばりが足りないとか、

女々しい性質のように思われているけど、

ある面、古典の時代にあった日本人の心のようなものを取り戻しつつあるとも

いえる気がしてさ。

欲望のままにお金を求めて猛進するように生きていた時代から、

もっと情緒的なものを求めて、古文にある趣のようなものを漂わせて

暮らしはじめているというかさ」



ゆとり世代はひどい、ひどいとあまり耳に入ってくるものですから、

具体的にどんな点が職場の人々をあきれさせているのかと

ネットで意見が飛び交ってる場を覗いてみました。

すると、意外にも、不真面目で怠けるとか、知識がないという面でばかり攻撃されているわけではないようです。

どの世代も、若い時はみんな知識も常識も足りないもの。

それに対しては多少甘めに見てもらえるようなのです。



それなら、「ゆとり世代の言動には開いた口が塞がらない、信じられない!」と、

激しい違和感と嫌悪感を感じさせて怒りを引き出しているのはどんな言動なのかというと、

どうも、学習内容の削減からくる無知から出てくる言動というより、

つまりわかってない内容自体は、昔も今も変わらなくても、

以前なら、こういうことを聞いたら恥ずかしいかなと思うわからないこと……初対面の取引先の人と

どんな会話をしたらいいのかといったことを、

堂々と上の人にたずねてしまう態度、

まるで上司を、塾の講師や学校の先生や

ネット上の質問の掲示板と勘違いしているような態度なんだな

とわかりました。

それって、学校現場でも家庭でも習い事先でも、わざわざってくらいに

徹底して子どもに刷り込んで教えてきたってことで、今もさらに強化して

やっていることでは? と戸惑ってしまいました。

「どんな小さなことでも自分で判断して動いちゃダメで、大人にたずねて

指示を仰いでからしなさい」というのは、集団教育が始まったら最後、

日本の子どもが徹底して叩きこまれることで、私のようなルーズで適当な親が

「最近の学校は小うるさいな~」とぶつぶつ言いながら、適当に風穴開けていかない限り、

世の中と歩調合わせていれば、当然の結末として、

ゆとり世代の特徴とされる『社会人としては困った面』が一式、装備されるのではないかと

感じました。

幼稚園から自由に自分の意志でする遊びが減ったり、

受験どころか、学校のテスト勉強も大人の手を借りてするのがあたり前だったり、

それこそ、中学生に配る夏休みのプリントに、

外に遊びに行く時は、親に、誰とどこで何時間過ごすつもりか説明してから出かけるように

って指導している国で、

どうでもいいことまで、上の人にたずねてしまうって態度は、ゆとり教育を廃止して、

授業量を増やしたところでよくなるもんなのか、疑問の残るところ。

わたしやわたしの友人宅のようにちょっとルーズなところがある家庭では、

周囲が子どもを学校で指導するようにきちっと育てようって時に、

多少手を抜いて、子どもの自由にさせて遊ばせてきたので、

大きくなった今となると、バイト先や年上の人たちと接する場で、

しっかりしているって褒められることが増えてきたけど……

それって社会や学校が子育てに求めてくるものに対して、

手抜きを心がけたら、ちゃんと子どもが育つということなのでしょうか。



叱られなれていない子が社会に出て耐性がなくって困るっていうのなら、

高校生の校則を少し緩めて、アルバイトするのを許したら、しっかり叱られてくるでしょうし、

子どもなんて自由にさせたら、すぐに失敗するから、失敗から学べるでしょうに、

そうやって、ほんの少し大人が『教えたい病』を我慢すれば、

今、一番、問題になっているゆとり世代の何でも人に教わろうとする癖は減るのではないか

と、息子と話をした後で考えこんでしまいました。



↓の記事で、わが子を育てていくなかで、子どもが自分からしてみたいと言い出したことに

チャレンジさせることがいかに難しいか、

失敗することを覚悟して何かさせる場合、

どれほど激しく周囲から攻撃されるのか、体験したことを

書いています。



子育てって、より偏差値の高い学校に進ませるための競技なの? 1

子育てって、より偏差値の高い学校に進ませるための競技なの? 2



社会に出てから、言われたことしかしない、チャレンジ精神が乏しいと

嘆かれることの多いこの世代の子どもたちは、

育ちのなかでは、言われたこと以外することを許されていないという現実があります。

大人の付き添いなしに校区外に出ることも、

公園で友だちと球技をすることも禁止されて育っています。

社会に出ていく子たちの弱さを責め立てる声に矛盾を感じています。



苦手な政治の話になるとつい投げやりな意見になるわたしが、こんなことをつぶやきました。



母 「政治は難しいわ。もし、もっと地方や大衆の意見が反映されるようになったところで、

その時、その時の個人的な利益が優先されて、

国が上から何でも決めていたときより、もっと始末が悪いことになりかねないんだから。

児童文学館の廃止案が可決された時は唖然としたけど、

今自分に得になりそうなことをしてくれそうなら、子どもの未来なんてどうでもいい、

日本の文化なんてどうでもいい、

現金が儲かりそうなことなら治安が悪くなりそうなものでも何でも作ってしまおうって考えが

支持されたりするんだから。

社会が新しいシステムに変わっていくには、どうしたらいいのかしらね」



息子 「労働者自身が何が辛くて、何が欲しいのか、

政治的に利用されないで考えていけるようなツールが必要だと思うよ。

お金がある人がお金のない人を利用して、さらにお金を得て、

お金のない人はお金のある人に利用されるだけで、されるがまま、なすがまま。

そうして我慢したり、病気になったり、関係ない相手にイライラをぶつけたりするのではなくて、

ここまでは自分で守れるという一線を見極めておく必要があると思うんだ」



母 「どうやって?ツールってどんなもの?」



息子 「働くってことは、多くの人に共有されていることなのに、

それに関わる重要な知識は、知っている人と知らない人で大きな差があるよね。

特別な教育を受けた人じゃなくても、社会に関わる物事を、総合的に分析することが

できるような道具が必要だと思うんだよ。

そういう意味で、パソコンは今でこそ使い方が悪いけれど、

みんなを幸福に導いてくれるツールのひとつになりえるものだと思う。

数学の世界でも、関数電卓ができただけで、それまで複雑すぎて一部の人しか

できなかったような数学的な思考実験が簡単にできるようになっているんだ。

同じように、経済や社会の仕組みにしても、全体像を目で見てわかりやすい媒体で、

誰でも総合的に分析できる道具ができたら、

大衆全体の考える力が向上するはずだよ。

複雑になりすぎた世界が、完全にブラックボックス化する前に、

もっと誰からも中身が透けて見ることができるようなツールが必要なんだと思う。

昔、家族でよくシムシティーで遊んだよね。

ああいうものも、社会がどんな原因と結果でつながっているのか理解するのに

面白いツールだった。

ぼくも大学に入ったら、そうした社会のあり様をシュミレーションできるようなツールを

作ってみたいと思っているよ」



食中、ニュースで、アメリカの「99パーセントの私たち」をスローガンに掲げたストの様子が流れていました。

黙ってテレビ画面を見つめていた息子は、少し沈んだ様子でこんなことを言っていました。



息子 「こうしたストが創造的な解決法に結びついていくのは難しいよね。

こんな時代だからこそ、働く意欲のようなお金とは別の次元の価値を見直していく

必要があるんだろうな。

今はさ、お客にはどんなにサービスしてもし足りないくらいサービスするのは当たり前で、

働く側はどんなに苦しくてもいいと思われている半面、多少、詐欺的な面があっても、客を騙すような儲け方

をしても構わないって風潮があると思う。



でも、多くの人が、自分は99パーセントの被害者だって感じるような経済なら、

そろそろ、仕事観を改める時期が来ているんじゃないかな。

働くことから得る精神的なものの価値について、それぞれが考えていく時期が来てるっていうかさ。

経済とか社会の仕組みを、個人個人の感情の面からも捉えなおすのも大事だよ。

人の幸せはお金と等価交換できないからさ。



働くからには辛くなくちゃいけない、命をけずっていかなくちゃならない、

時には自分の道徳心を裏切って詐欺的なこともしなくちゃならない……それが社会で、

それが仕事ってものだって考えを、社会全体で見直して、

みんなが幸せを感受できる社会システムを作っていかなくちゃ

お金を持っている人と貧しい人の衝突は、これから激しくなる一方だと思うよ。

それぞれの人にしても、仕事は単にお金を得る手段と割り切るのではなくて、

仕事そのものに魅力を感じる能力がいるんじゃないかな」



息子が仕事と遊びを分けたくない、生きている実感を持って仕事がしたいと

いう願いは、おそらく息子が小学生の頃から惹かれていた

『仕事の遊び化』というテーマとつながっているのでしょう。

以前も、息子とそうした話題で話をしたことがあって、

わたしは、「(仕事の)遊び化といっても、遊び半分という意味でなくて、

プロフェッショナルとして、天職として仕事に関わるとき

そうしたものを感じることができるのよね」と息子がいわんとすることを受けたことがあったのです。



↓は、その時の息子との会話です。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

息子 「ぼくはずっとゲームクリエイターになる夢を抱いてきたけど、
ゲーム好きの人たちと自分の間には、
かなり感性の違いがあるのはずっと感じてきて……
最近になって、本当にぼくはゲームが好きなんだろうか?
って思うことが増えてきたんだ。

ぼくがゲームに対して感じている面白さって何なんだろう
って突き詰めてみると、
さっきお母さんが京都の巨大鉄道ジオラマの話をしていたから
閃いたんだけど、

『仕事の遊び化』って部分に

惹かれているんじゃないかと思うよ。

ぼくがゲームを面白いって感じている基盤の部分に、
この『仕事の遊び化』を生み出したい気持ちがあると思ったんだ。

ジオラマ作りに参加した職人やアーティストは、
退屈で苦しいはずの作業の中に、わくわくする楽しい気持ちやフローの感覚を抱いていたはずだよ。

この『仕事の遊び化』って、昔から人が苦しいものを喜びに変えたり、
辛い作業から楽しみを抽出する知恵として
存在しているものだと思うんだ。
たとえば、プラモデルなんかも、設計の仕事から、
楽しい部分だけを抜き出したようなおもちゃだよね。

ぼくがゲーム作りをしたかった一番の理由は、
ゲームという媒体を使って、
人間の営みをいろんな視点から眺めたり、そのユニークな一面に光を当てる
のが楽しいからなんだって気づいたんだよ」

私 「『仕事の遊び化』……そうね。日本が豊かになって、
物ではうんざりするほど満たされた後に、
きっと人はそうしたものを求めだしているように感じるわ。

遊び化といっても、遊び半分という意味でなくて、プロフェッショナルとして、天職として仕事に関わるとき
そうしたものを感じることができるのよね。

人の営みの面白い面を再体験したいって思いから
ゲームは生まれたのかもしれないわね」

そう言いながら、私は息子が小学生のとき
モノポリーが好きでたまらなかったことを思い出しました。
何度やっても、いつも息子の一人勝ち。

どんなに他のメンバーの情勢が良いように見えるときも、
なぜか最後には息子の戦略にまんまとはめられて、
お金をほとんど奪い取られてしまうのでした。
手作りモノポリーもたくさん作っていました。

モノポリーは投資のゲームですから、それもおそらく『仕事の遊び化』という一面で惹かれていたのでしょう。

息子 「現実に体を動かしてやった方が面白いものを、
ゲームにするのは好きじゃないんだ。
どんなにリアルさを追求しても、実体験には負けてしまうから。

でも、そこのゲームの世界も、より美しい画像で、より高い技術でってことを追いかけていくうちに、

人間的な部分が置いてけぼりになっている気がしてさ。
人が何を面白く感じ、何に心が動かされるのか……って所を見失ったまま進化が進んでいるようだよ。

それで、そうした世界でぼくは本当にゲームが作りたいんだろうか?
面白いものが作れるんだろうか? って思いだしたんだ。

先々、ゲームを作るにしろ、作らないにしろ、
まずゲーム会社とは全く職種の違う世界で働いて、
そこでの仕事に熱中しながら、自分の作りたいものを捉えなおした方が
いいような気がしているんだ」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

経済的に不安定な世の中になってくると、

これから先どうなるのか、さっぱり見えないけれど、

息子をはじめ家族の誰もが、クリエイティブにそして真摯に生きていきたいなと望んでいます。

そうして生きて、働いていく限り、

どんな経済状況に陥っても幸せだなとも感じています。

以前、息子と「クリエイティブに生きる」ことについて交わした会話をリンクしておきます。



クリエイティブに生きる 1

クリエイティブに生きる 2

クリエイティブに生きる 3

クリエイティブに生きる 4

クリエイティブに生きる 5

クリエイティブに生きる 6



勉強のこと 教育のこと 親子の会話 1

勉強のこと 教育のこと 親子の会話 2」

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