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自閉圏にこにこママのブログ♪ 

幼児教育・自閉症療育などの失敗、成功を書いています。当ブログから得た情報をさくらいちご幼児教室・松尾香の書面による事前許可を得ずして出版・公開活動および電子メディアによる配信等により一般公開することを禁じます。(著作権)

Category: さくらいちご幼児教室の様子

自閉症の症状が取れていく子 2 

2017/11/01 Wed.

また転載です。
メールのやり取りです。

赤字が私で、黒字が自閉症が取れていく子のお母さんです。




(相手がいる遊びについて)
> ・本当に好きそうですか?
> 何分くらいできますか?


1歳の時は仏頂面で面白くなさそうにやってましたが
最近は、15分くらいニコニコ笑いながら出来ていますし、楽しそうです。
まだまだ笑うのを我慢したりしてる時もありますが。

キャッチボールをして、飽きてきたら追いかけっこして、キャッチボールする道具を空きペットボトルにしたりしてまた再開、その後それを滑り台で転がしたりして変化をつけながらだと30分以上全速力でキャーキャー笑いながら遊びますが。そういうときはとても自閉症に見えないと、ばぁちゃん達も言ってます。


~~~
さくらいちごに行きはじめの頃は実は電子おもちゃなしで1日過ごすのは難しかったんです。TVもうちはリビングに置いてないですのでDVD 見せるとかもできないので(^_^;)
新しく買うおもちゃは電子ではないので、電子おもちゃの割合的には随分減りましたし、特にはまってもいません。

・そうでしょうね。うちに居るときも縦横無尽ですからね。ロハスなおもちゃに飽きた感も全くないですし。

私の友人...しっかりしてる子ほどTVも電子おもちゃも全く与えていないんです。
そういうのを見てるので...ゲームなどやらせる気も
色々させる気もありませんがお友だちからの影響もあるのですね(^_^;)

・そうなんですね。。しっかりしている子などを見れる機会があって良かったです。そしてしっかり感化されている○○さんもすごいなと思います。


・幼稚園に関してですが、休み休み行けるところがあれば良いのですが、今のところ私から見ると、保育園に年中さんから入れ、休み休み行くという事が一番良いかな?と思います。
保育園は預かるだけなので、あれやこれやしなくて放っておかれることもあるでしょうし、さくらいちご的にはそれくらいが良いかなとも思います。
幼児期は遊び、のんびり過ごすことが本当に良いのでね。
成長してくると、その実感がだんだん薄れてくるようで、この辺も言葉にしないといけないな・・・と思っています。




~~~
素晴らしいですね。ぱっと見た感じでも三男さん、そんな感じしますね。挨拶もしっかり出来ますし、その声の感じや目線表情からも知能が高そうで、遊んでいるお友だちもしっかりされてましたし。(お庭でお会いした事があります)

因みに幼稚園や塾に行ってなくて、東大に入った子がいますよ。私の幼馴染みの弟です。


幼馴染みと妹も○○大と、◇◇だったかな....で、小学生の頃一緒に遊んでましたけど、塾なしTVなしゲームなしの家でした。私はその子らと、その家の方針に従って遊んでました
(外遊び、トランプ、オセロ、本、ボードゲーム、おやつ作り、劇を自分達で作って親の前で上演ごっこなど)

たまたまですが、そういう環境に混ぜて貰ってラッキーでした。

・そうなんですね!それはスゴイですね、つわものがいたとは・・・ネット上では聞いたことはあるのですが身近には初めてです。

演劇ごっことは・・・私に見せてとは言ったことはなかったですね。あったかな?
そうなんです、そういう流れになるんですよね。でもTVなしですごいです。
うちは映画や、今やっているTVはたまに見ていましたので、それぞれの俳優の真似はよくしていましたね。
だらだら見るのではなくて、みたいものを見る感じでしたから思い入れもありますしね。

風邪の時はだらだら見ていましたが(^-^; そうでもしないと複数の子どもは私には無理でした(^-^;


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Category: さくらいちご幼児教室の様子

さくらいちごの教育とは 

2017/11/03 Fri.

さくらいちごの教育とは。

世間一般に出回っている症状は、4歳過ぎくらい出ないと、一致しません。
これは自閉症や知的障害、ダウン症すべてそうです。
年齢が低いうちは、症状が強化されてないからです。(出てないだけで因子はある)

だから、1歳~2歳の子への教育は、

「4歳くらいにになって症状が一致しないように・出回っている症状と同じ症状が出ないようにする」

為に、教育内容を提案しています。

それが主な教育です。


小さい子ほど、先手も通用する時期ですから、親御さんへの報告で、先手先手でとは書いてなかったのですが、○○をすると良いとか書かせてもらっていました。

根拠も解らず、こんこんと実行されてきた親御さんばかりです。説明遅っ


そして、
3歳
4歳
5歳
6歳
それ以降~~

毎年、外遊びと室内遊びの内容は変わります。


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Category: 競泳

選手権 

2017/11/05 Sun.




お疲れ~~
ますます、体が周りより小さく薄くなった長男でした。
タイムもそんなに良くないですが、まあ、応援しています。
とうとう小学生と同じレースになり、そういう焦燥感だけで伸ばしています(''◇'')ゞ
今日も数秒伸びてないかな??

長男が400で東海に出てから、400が大混雑していますね。
記録は伸ばさないですが、思考で勝負はしていますよ(笑)
中2の東海は、思考で勝ったんですよ~


次男三男がやめてから数か月。
3人が家に居なければ、ビデオで撮影に出かける主人ですが、長男だけになってからは一度もビデオを回しません。
そう、目的が、一人で過ごすことが嫌なのと、カメラの性能をみたいだけなんです(''◇'')ゞ

まあ、仕方ない。自分が蒔いた種だ~
良い所もありますよー


高校の新人戦で6位までに入賞すれば、学校で表彰してくれると聞いたそうですが、忘れられているようです。
菰野高校です。どうなんとんのやーー おーい
ドラフトに選抜されている子も居るので、(球団が全部きたそうです)
長男の4位など、コロコロっと忘れられるでしょうね( ;´Д`)
つくづく運の悪い長男(''◇'')ゞ

親の視点からすると、出来の悪い子ほど、かわいいということも少しはありますね




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Category: 教育観

履歴書にはかけない自分 あなたには何がありますか? 過去記事 

2017/11/17 Fri.

過去記事です。


コメントをしたのは私なんですけどね



ゆっくりじっくり幼児教育

こちらからコピペさせていただきました。


履歴書には書けない自分」を育みたい。


「学歴、職業、肩書き、資格、特技・・・

人からの評価って、何だかんだ言っても結局はそういうもので決まる気がするけれど、
お子さんがそういうものを持たなくても、良いと思えますか?

というご質問をいただきました。
(非公開でいただいたので、表現を一部変えさせていただきました。)

うーーーん!難しいですね~
色々考えてしまったのですが、
今思うところを書いてみたいと思います。

「持たなくても良い」というようには言い切れない。
その子がその子自身のために頑張った結果、こういったものを手に入れたのなら、
親としては嬉しいだろうとは思います。

でも・・。

いつも気をつけていたいな、と思うことがあります。


★子どもの人生は子どものもの。
 親を喜ばせるために生きているのではない。

★学歴や特技(英語・ピアノ・・)という、目に見える何かを与えることよりも、
 「目に見える何かが無くなってもなお、その子に残るもの」
 を育んであげたい。

この2つ。


履歴書に書けることが全部消えた時、
その子に一体何が残るか?

学歴が一切関係無い世の中になった時。
失職してしまった時。

学歴も役に立たない、職業もない、肩書きもない、
英語も話せない、ピアノも弾けない、資格もない・・

目に見える何かが無い状態になっても、
その子の中に存在している絶対的なもの。

それを育んであげることが、私が一番大事にしたいこと。

人にアピールできることが、学歴や資格しかなかったら、
それは「残念な人」。
学歴や資格が無くても、「私はこういう人」というアイデンティティがあれば、
それは「素敵な人」。

○○大学出身です、○○に勤めています、夫の職業は○○です・・。

そういったものに頼らずに「私はこういう人間です」と言えること。
そのためにはまず、親である私自身がそうでなくてはいけないですね

もちろん自分の子が褒められたら嬉しいし、
自分の子を認めてもらいたいという気持ちだってある。

でも、

私は○○ができる子の親です。
私の子どもは○○大学を出て○○に勤めています。

ということで自分のアイデンティティを持とうとする親には、
ならないようにしたい・・。


「その子のありのままを認めてあげられるのは、結局親だけなんじゃない?」

と、夫が最近言っていました。
たしかに、人からはどうしても色眼鏡で見られてしまいますよね。

○○ができる(できない)子、○○の家の子、○○学校の子・・というように。

嫌でも評価の目にさらされるのだから、
親だけはそういう目で子どもを見ないであげたい。
あれもできなきゃダメ、これもできた方がいい・・じゃなくて、
「できないことがあっても、そのままでいい」
くらい気持ちでいたい。

あれもこれも与えようとしたら、

「こんなに与えられなければならないほど、自分は無力なのか」

というような気持ちになってしまう気がするんです・・。

早期教育について何かが違う・・と思ったきっかけの1つはこれでした。
早期教育って結局、
「あなたには何もない」「そのままのあなたではダメ」
ということが出発点になっている気がしたこと。


学歴、職業、肩書き、資格、特技・・・

持たなくても良い、とは言わないけれど、
「親のために持たなくても良い」。

私は親として、履歴書で提示できる何かよりも、
「履歴書には書けない部分」を育んであげたい。
(漠然としていて言葉にするのが難しいのですが・・)

学歴コンプレックスとか英語コンプレックスとか言うけれど、
「自分」というものの核がしっかりあれば、
そういったものばかりにとらわれることもないんじゃないかな・・。

○○が無い、○○ができない・・・

「持っていない(できない)から、どうしていこう?」
「無くても自分にはこれがある、これが自分だ」

というように、、欠如した自分と向き合いながら自分をつかんでいく、
という経験って、とても大事なものだと思うんです。
大事なのは周りからの評価ではなくて、
評価に左右されない自分。
自分で自分をどう思うか。


だから私は、自分の子への願いとして、

「自分と向き合い、自分を信じて頑張れる子になってほしい」

というものを挙げています。
(関連記事:「子どもの未来への祈り」から考える、習い事観。)

学歴や資格だけで人を評価する人は、
自分自身の価値もそういった他人のものさしでしかはかれない人。
自分の無い人…。
そういう人からの評価を気にする必要は無いし、
そういう人になってほしくない、
というところが本音かもしれません。

長々と書いてまとまらずすみません…。
今はそんなふうに考えています。
私も自分のエゴとの戦いになる・・ような気がします。」
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